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尾道発 - カメラ屋の独り言 -  Presented by せいのカメラ店



うちの子が通ってる学校で授業参観がありました。
科目は珍しく道徳でした。今回先生が題材に選んだのは「モチモチの木」と言う絵本です。
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この話はたぶん多くの方が知っている話でしょう。
なかなか勇気が出せない主人公の男の子が、おじいさんの病気をきっかけに勇気を出すと言う話。

話のあらすじはこうです。
父親のいない少年「マメタ」は、山小屋で「ジサマ」と暮らしている。
マメタは臆病者で、小屋の外にある便所にも夜は怖くて一人で行くことができない。
その小屋の近くには大きなトチノ木があって、マメタはその木のことを「モチモチの木」と呼んでいる。
モチモチの木は、夜に火が灯ったようにきれいに光る事があり、マメタの父親もジサマもそれを見たことがあるという。
マメタも見てみたいと思うものの、夜は怖くて見に行く事ができずにいた。
そんなある夜寝ていると、ジサマがうなる声でマメタは目を覚ました。
ジサマは腹を押さえて苦しんでいる。
何とか助けたいと思ったマメタは、月明かりしかない怖い夜、霜で凍った道を裸足でふもとの村まで一人で医者を呼びに行く。
医者を呼んで山小屋に戻る途中、マメタはモチモチの木に火が灯って、明るく輝いているのを見た。
翌日回復したジサマは、マメタの勇気をたたえた。
と言う話。

100303002.jpg

今回行われた道徳の授業では、「大事な人のために勇気を出さなければならない時がある。」
「勇気を出して行動すれば、きっといいことがある。」
と言う感じの方向でした。
授業を受けていた子ども達は、周りの人への優しい心と、難しいことにも一歩踏み出す勇気を再認識していたようです。
いい授業でした。

で、今回の話は、その授業を聞いていた、ひねくれた私の話です。

モチモチの木の話を聞いていた時、ふと疑問を感じてしまいました。
どうしてジサマの腹痛は、モチモチの木に火が灯る日にタイミングよく起こったのか。

モチモチの木に火が灯るのはいつもと言うわけではないはずです。いつも見れるのであればそれが見れたことが話題になるはずがありません。おそらくそれが起こるこには一定の条件があるのでしょう。
例えば冬至前後の満月の日とか。山と山の間からちょうど月が顔を出す瞬間とか。
地形や気象条件、天文学的な暦によってそれは実現するのだと思います。

ジサマはそのタイミングを知っていて、その日に合わせて腹痛になったフリをしたのではないか。

しかも、火が灯ったように見えるためには見る方向があるはずです。
おそらくそれは小屋や便所の方向からではなく、外から小屋に戻って来る方向で見えるのでしょう。
でなければ今まで夜に便所に連れて行ってもらう時に、見れるタイミングが有ったはずですから。
だからこそ普段の生活の中ではなく、外から帰ってくるシチュエーションが必要だった。
実際マメタは医者を呼びに行く時ではなく、医者を呼んで小屋に帰ってくる時に火が灯ったモチモチの木を見ている。

こういった条件を知った上で、ジサマはマメタに勇気を出させ、勇気を出せばいいことが起こる(火が灯ったモチモチの木が見れる)と言うことを体験させる事で、勇気を出す事を恐れない人間に育てようとしたのではないか。

そう考えてしまう私は、やっぱりひねくれているのかなぁと自問自答しながら話の続きを聞いていたのですが、ラストシーンでその疑いはかなり確信に近付きました。
なぜなら、一晩でケロッと治ったジサマは、マメタの勇気をたたえ、勇気を出す事のすばらしさと重要性を説いたのですから。
もし本当に苦しい状態に陥って、マメタが医者を呼んでくれたおかげで回復できたのであれば、ジサマはマメタに感謝の気持ちを伝えるはずじゃないのか。
「マメタが医者を呼んでくれて助かったよ。マメタは本当にいい子だねぇ。ありがとう。」
とか言うのでは?
なのにジサマは勇気をたたえる方向に話を持っていった。

まぁ、例えジサマの腹痛が狂言だったとしても、それが悪いと言っているわけじゃないんです。
ジサマは見事、マメタに勇気を出させる事に成功したわけですから。
でももし実際に自分の子供に勇気を持たせるための指導をしたい時、同様に狂言を使っていいものかどうかと思うのです。
個人的にはNOなんですが。
皆さんはいかがでしょうか。

それと新たな疑惑が浮上してきました。
ジサマはこの手法をマメタの父親である自分の息子で、既に経験済みだったのではないかというもの。
父親が健在であれば、この指導は父親の役目であるはずだが、今はいない。
だから、自分がその指導をしなければならないが、相手は息子の忘れ形見の大事な孫。
その孫であるマメタが臆病者から脱却しないまま自分が死んでいくのはやはり忍びない。
何とか自分が生きているうちに勇気を持った人間に育てたい。
とは言えこのミッションを実行するとなると失敗は許されない。
もし失敗してしまった場合、それを修正できる時間は、果たして自分に残されているのか。
そう思うと、例え狂言であっても勇気を持てるような指導をしてやりたいと言う衝動は起きたはず。
が、うまくいくかどうか分からない未経験の手法はできるだけ避けたかった。
そんな時かつて自分の息子が勇気を持つきっかけになった経験を思い出した。
既に自分の息子は亡くなっているので、同じ手法を使ったとしても自分の息子の勇気の源を揺るがす事も無い。
それをいい事に、一度成功した経験を活かし、実行に移したのではないか。
もしかしたら自分の息子の時には狂言ではなかったかもしれないけれど。

やっぱり私はひねくれているのか。

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◎ 無題

すごい考察力ですね!
なるほど、と思いました!

NONAME 2014/10/11(Saturday)19:54:15 Edit
◎ Re:無題

コメント有難うございます。
褒めて頂いてますが、おそらくひねくれているだけだと思います。
こういう奴に道徳教育するのは、先生も骨が折れるでしょうね。

【2014/10/2110:26】
◎ 無題

子供というのは親が思うより親の心を見透かしますよ。
童話民話というのは単純で理屈に合わないストーリーの中から読み手の必要なものを手に入れるものです。それは明日かも知れないし数年先かもしれませんが。
その読み取り力が社会に出てから様々ことに役立つのです。

NONAME 2014/10/28(Tuesday)22:02:24 Edit
◎ Re:無題

コメント有難うございます。
本質は言われている通りだと思います。この時の道徳の授業も大変良いものでした。
今回のこの記事は、その理屈に合わない部分にどれだけ理にかなった理屈を付けられるかを楽しもうとしたものです。
もう少し広げると、読解の方向は、ひとつに収束される必要もないのかなという考えを実践したつもりのものです。
言い換えると、屁理屈ですが…
例えば、メールの文章から、相手の気持を読み取り難いことの逆の事とも言えるかもしれませんね。
そういう意味では、国語のテストでは不正解になることでしょう。
私は国語が本当に苦手ですが、読解の幅を広げられることで、メールの文章から相手の気持を読み取るのに役立って、結果、誤解の割合を減らすことにつながっている気はします。
もちろん作品の揚げ足を取りたいわけではありませんし、これを読んだ子どもたちの成長を妨げる意図を含んだものでもありません。
ですが、不快に思われる方がおられるようであれば、削除した方がいいのかもしれませんね。

【2014/10/2917:31】
◎ クロム

ひねくれているとは思いません。同じように考えました。僕の結論はこうです。

じさまは数日前から体調不良の自覚があった。このままいくと、そろそろ腹痛に襲われることがわかっていた。(子供は急に体調不良に陥るものですが、年寄りはだいたい自分の体の具合を知っていて、予測がつく。)
次に、長い猟師小屋生活で、じさまは山の天候は良く知っていた。体感温度からして、そろそろ雪が降ることが予想できた。
じさまの体調は、寒さに左右される。霜月二十日(新暦で12月下旬)の冷え込みからして、腹痛がひどくなるだろう、雪も降るだろう。
しかし、じさまは豆太に「いざという時は、医者を呼んでくれ。」とは言わなかった。そんなことを言えば、豆太はさらに不安になるだけだから。だから、可能な限り我慢することにしたが、いざという時のために、豆太に「勇気のある子だけが見ることができる」山の神様の祭りの話をして聞かせ、医者を呼びにいけるだけの心の準備をしてやったのではないか。
案の定、雪が降り始め、豆太はモチモチの木が光るのを見るのだが、医者は冷静に、それが自然現象であることを、豆太に語って聞かせている。医者は豆太をおぶって山道を登ってくるが、特に急いでいる様子もない。じさまの体調について、十分な知見があるからだ。豆太は5歳だからあわてているが、じさまにしても医者にしても、冬のこの時期に、体調を崩すことは十分承知していて、ただ、じさまだけが、豆太を不安がらせることなく医者を読んでこさせる方便を考えていたのだと思う。
こんな解釈で、どうでしょう?

Mg 2015/03/16(Monday)00:38:40 Edit
◎ Re:クロム

Mg様、コメント有難うございます。
優しい解釈ですね。
ではこれは、仕組まれたものでなく、偶然を利用した子育て?
それもいいかも。

【2015/04/0512:09】
◎ 無題

○○なはず!という主観が根拠になっている時点で、ひねくれているというよりもあまり頭がよくないのかなあと。
そもそも勇気が無くて夜中トイレも行けない子供が、夜道を走って医者を呼んできたということに対して「優しいねありがとう」では物語としてずれているので、、仮に「お礼を言うはず」のストーリーだったなら教科書に載るようなことはなかったでしょうね。

NONAME 2015/10/22(Thursday)08:50:02 Edit
◎ Re:無題

そうですねぇ、主観を検証するのもなかなか難しいかもしれませんね。
しかし、コメントありがとうございます。
いろんな人のいろんな考えがあると面白い。

【2015/10/2216:21】
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