今日は慰霊の日。
第二次世界大戦の沖縄地上戦終結の日で、戦没者への慰霊と平和への願いをこめた日です。
毎年慰霊の日と原爆記念日を迎えると、改めて気を引き締めなおす思いになります。
ここの所の基地問題のために、慰霊の日が純粋な慰霊を行うに留まっていないような気がします。
個人的にはそれは残念です。
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この慰霊の日が戦争で亡くなった人たちを、しがらみなく純粋に追悼できるものであったらどんなにいいかと思います。
そうならないことにはいろんな理由があるでしょうが、まずは自分自身からしがらみを取り除くのがいいのかもしれませんね。
でもふと思ったのですが、沖縄戦で亡くなった方々は、その後の沖縄がどうなると予想していたのでしょうか。
戦争が起こる前の平和で穏やかな日が来ると思ったのでしょうか。
それとも、アメリカに占領された虐げられた世の中を予想していたのでしょうか。
もちろん希望としては平和な沖縄を望んでいたのでしょうが、当時の状況からそれを連想できたとは私には思えないのです。
多くの人は、この後きっとアメリカに占領されて、捕虜としての生活を予想していたのではないかと思います。
そして現実に戦後、沖縄はアメリカに占領され、絶対的な立場の違いの下の生活を余儀なくされてしまったのですよね。
今、沖縄は基地問題で大きな局面を迎えていると思いますが、沖縄を除く日本人の多くは、占領下の沖縄の状況をあまり理解できていないような気がします。
基地問題にはアメリカの言い分もあるでしょうが、日本人自身が、自国の歴史をよく理解してこの問題に挑んでいく必要があると思います。
なぜなら日本人の愛国心と言うのは他国に比べて大変低く思うからです。
自国の悪いところを平気で他国民に言ってしまうような人は、おそらく日本人以外にいないと思います。
まずは自国を愛することが必要じゃないかと感じます。
そのためにも歴史に目を向ける必要はあると思います。
しかしながらそいう言う自分も、どこまで沖縄のことを理解できているのかは分かりませんが、沖縄戦で死んでいった人たちが望んでいたであろう沖縄をつくっていけたらいいなと思います。
これらの抜本的な解決は、戦争を無くすことだろうと思います。
そんな世界になれば、アメリカも他国からの攻撃におびえ続けなくても良くなりますから、軍備を拡張する必要もなくなるでしょうし、占領地に軍事基地を置かなくてもよくなるはずですから。
そうして沖縄の基地問題も解決すれば、きっといい慰霊の日が迎えられるんじゃないでしょうか。
今回の記事の内容に対しては、違和感を感じる方もおられるかもしれません。
気分を害する内容であったならお詫び申し上げます。
しかしその根底には、沖縄を含め世界全体がより良くなっていってほしいという思いがあります。
ご意見がありましたらコメントをどうぞ。
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